2008年05月11日

山野草・おきなぐさ

1766.jpg ウズノシュゲ(おきなぐさ)・賢治

   「おきなぐさ 
       ふさふさのびて 
            青ぞらにうちかぶさりて 
                    ひらめき出でぬ」

  「高等農林に来ましたならば、まず標本室と農場実習とを観せてから植物園で苺でもご馳走しようではありませんか。」
この文は「旅人のはなしから」という散文の最後にあるもので賢治が高等農林学校在学中に河本義行らと刊行した同人誌「アザリア」に発表されたものです。
今の岩手大学の自然観察園は、前身が高等農林時代の植物園で、敷地には当時からの樹木・潅木類が見事にそのまま残されております。
Suzuさん撮影の翁草.jpg
・・・・・Suzuさん撮影・・・・・・

賢治の作品には沢山の植物が登場します。
その中に うずのしゅげ の名前で作品によく登場する 翁草があります。 
6294808.jpg

「風は そらを吹き
そのなごりは 草を吹く
おきなぐさ 冠毛の質直
松とくるみは 宙に立ち
(どこのクルミの木にも いまはみな 金のあかごが ぶら下がる)
ああ 黒のシャッポのかなしさ
おきなぐさのはなをのせれば
幾きれうかぶ光酸の雲 」   (詩・春と修羅  おきなぐさ)
 
黒いシャッポとは おきなぐさの花の 黒いビロードのようなガク片のことであり シャッポとは帽子です。
想像しただけでも素敵な帽子ですね。 
 4039185.jpg
・・・・この花の下を始終行ったり来たりする蟻に私はたづねました。
「おまえは うずのしゅげはすきかい、きらひかい。」
蟻は活発に答へます。
「大好きです。 誰だってあの人をきらひなものはありません。」
「けれどもあの花はまっ黒だよ。」
「いいえ、黒く見えるときもそれはあります。

けれどもまるで燃えあがってまっ赤な時もまります。」
・・・・・・・・・・
     
(童話・おきなぐさ・宮沢賢治) 別添添付

翁草は 恥ずかしげに暗紫色の鐘状の花(花弁はなく 六枚のガクからなっています)を下に向いて咲いていますが、這い蹲って写真を撮ろうとすると なるほど 赤く燃えるような花弁が 輝く光を包み込むようにし 花がとけてしまうような感じさえいたします。
翁草は 初夏の山野草の中で 私が もっとも大好きな山野草です。
 岩手大学植物園.jpg
 岩手大学の自然観察園に、賢治と学生5人が木の前で座っている写真をプリントした石が置かれています。


4039185.jpg
おきなぐさ

 うずのしゅげを知っていますか。
 うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼ばれますがおきなぐさという名は何だかあのやさしい若い花をあらわさないようにおもいます。
 そんならうずのしゅげとは何のことかと云われても私にはわかったような亦わからないような気がします。
 それはたとえば私どもの方で ねこやなぎの花芽をべんべろと云いますがそのべんべろが何のことかわかったようなわからないような気がするのと全くおなじです。
とにかくべんべろという語のひびきの中にあの柳の花芽の銀びろうどのこころもち、なめらかな春のはじめの光の工合が実にはっきり出ているように、うずのしゅげというときは あの毛莨科のおきなぐさの黒朱子の花びら、青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉、それから6月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます。

 まっ赤なアネモネの花の従兄、きみかげそうかたくりの花のともだち、このうずのしゅげの花をきらいなものはありません。
 ごらんなさい。
この花は黒朱子ででもこしらえた変り型のコップのように見えますが、その黒いのはたとえば葡萄酒が黒く見えると同じです。
この花の下を終始往ったり来たりする蟻に私はたずねます。
「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい。」
 蟻は活撥に答えます。
「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません。」
「けれどもあの花はまっ黒だよ。」
「いいえ、黒く見えるときもそれはあります。けれどもまるで燃えあがってまっ赤な時もあります。」
「はてな、お前たちの眼にはそんな工合に見えるのかい。」
「いいえ、お日さまの光の降る時なら誰にだってまっ赤に見えるだろうと思います。」
「そうそう。もうわかったよ。お前たちはいつでも花をすかして見るのだから。」
そしてあの葉や茎だって立派でしょう。やわらかな銀の糸が植えてあるようでしょう
私たちの仲間では誰かが病気にかかったときはあの糸をほんのすこうし貰って来てしずかにからだをさすってやります。」
「そうかい。それで、結局、お前たちはうずのしゅげは大すきなんだろう。」
「そうです。」
「よろしい。さよなら。気をつけておいで。」
 この通りです。

24ひなげし.jpg
君影草(キミカゲソウ・スズラン) 山羊さん撮影


 又向うの、黒いひのきの森の中のあき地に山男が居ます。
山男はお日さまに向いて倒れた木に腰掛けて何か鳥を引き裂いて喰べようとしているらしいのですがなぜあの黝んだ黄金の眼玉を地面にじっと向けているのでしょう。
鳥を喰べることさえ忘れたようです。
 あれは空地のかれ草の中に一本のうずのしゅげが花をつけ風にかすかにゆれているのを見ているからです。

 私は去年の丁度今ごろの風のすきとおったある日のひるまを思い出します。
 それは小岩井農場の南、あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西がわでした。
かれ草の中に二本のうずのしゅげがもうその黒いやわらかな花をつけていました。
 まばゆい白い雲が小さな小さなきれになって砕けてみだれて空をいっぱい東の方へどんどんどんどん飛びました。
 お日さまは何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり又かがやいて大きな宝石のように蒼ぞらの淵にかかったりしました。

 山脈の雪はまっ白に燃え、眼の前の野原は黄いろや茶の縞になってあちこち堀り起された畑は鳶いろの四角なきれをあてたように見えたりしました。

 おきなぐさはその変幻の光の奇術の中で夢よりも しずかに話しました。
「ねえ、雲が又お日さんにかかるよ。そら向うの畑がもう陰になった。」
「走って来る、早いねえ、もうから松も暗くなった。もう越えた。」
「来た、来た。おおくらい。急にあたりが青くしんとなった。」
「うん、だけどもう雲が半分お日さんの下をくぐってしまったよ。すぐ明るくなるんだよ。」
「もう出る。そら、ああ明るくなった。」
「だめだい。又来るよ、そら、ね、もう向うのポプラの木が黒くなったろう。」
「うん。まるでまわり燈籠のようだねえ。」
「おい、ごらん。山の雪の上でも雲のかげが滑ってるよ。あすこ。そら。ここよりも動きようが遅いねえ。」
「もう下りて来る。ああこんどは早い早い、まるで落ちて来るようだ。もうふもとまで来ちゃった。おや、どこへ行ったんだろう、見えなくなってしまった。」
「不思議だねえ、雲なんてどこから出て来るんだろう
ねえ、西のそらは青じろくて光ってよく晴れてるだろう。
そして風がどんどん空を吹いてるだろう。
それだのにいつまでたっても雲がなくならないじゃないか。」
「いいや、あすこから雲が湧いて来るんだよ。そら、あすこに小さな小さな雲きれが出たろう。きっと大きくなるよ。」
「ああ、ほんとうにそうだね、大きくなったねえ。もう兎ぐらいある。」
「どんどんかけて来る。早い早い、大きくなった、白熊のようだ。」
「又お日さんへかかる。暗くなるぜ、奇麗だねえ。ああ奇麗。雲のへりがまるで虹で飾ったようだ。」

 西の方の遠くの空でさっきまで一生けん命啼いていたひばりがこの時風に流されて羽を変にかしげながら二人のそばに降りて来たのでした。
「今日は、風があっていけませんね。」
「おや、ひばりさん、いらっしゃい。今日なんか高いとこは風が強いでしょうね。」
「ええ、ひどい風ですよ。大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶のようにボウと鳴らして行く位ですからね。わめくも歌うも容易のこっちゃありませんよ。」
「そうでしょうね。だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。
僕たちも一ぺん飛んで見たいなあ。」 
「飛べるどこじゃない。もう二ヶ月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちゃなりません。」

 それから二ヶ月めでした。
私は御明神へ行く途中もう一ぺんそこへ寄ったのでした。
 丘はすっかり緑でほたるかずらの花が子供の青い瞳のよう、小岩井の野原には牧草や燕麦がきんきん光って居りました。
風はもう南から吹いて居ました。

 春の二つのうずのしゅげ花はすっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました
野原のポプラの錫いろの葉をちらちらひるがえしふもとの草が青い黄金のかがやきをあげますとその二つのうずのしゅげの銀毛の房はぷるぷるふるえて今にも飛び立ちそうでした。

 そしてひばりがひくく丘の上を飛んでやって来たのでした。
「今日は。いいお天気です。どうです。もう飛ぶばかりでしょう。」
ええ、もう僕たち遠いとこへ行きますよ
どの風が僕たちを連れて行くかさっきから見ているんです。」
どうです。飛んで行くのはいやですか。」
なんともありません。僕たちの仕事はもう済んだんです。」
恐かありませんか。」
いいえ、飛んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりで一杯ですよ
僕たちばらばらになろうたってどこかのたまり水の上に落ちようたってお日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ。」
「そうです、そうです。なんにもこわいことはありません。
僕だってもういつまでこの野原に居るかわかりません。
もし来年も居るようだったら来年は僕はここへ巣をつくりますよ。」
ええ、ありがとう。ああ、僕まるで息がせいせいする。きっと今度の風だ。ひばりさん、さよなら。」
「僕も、ひばりさん、さよなら。」
「じゃ、さよなら、お大事においでなさい。」

 奇麗なすきとおった風がやって参りました。
まず向うのポプラをひるがえし、青の燕麦に波をたてそれから丘にのぼって来ました。
 うずのしゅげは光ってまるで踊るようにふらふらして叫びました。
「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがとうございました。」

 そして丁度星が砕けて散るときのようにからだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のように北の方へ飛んで行きました。
そしてひばりは鉄砲玉のように空へとびあがって鋭いみじかい歌をほんの一寸歌ったのでした。
 私は考えます。
なぜひばりはうずのしゅげの銀毛の飛んで行った北の方へ飛ばなかったか、まっすぐに空の方へ飛んだか。
 それはたしかに二つのうずのしゅげのたましいが天の方へ行ったからです
そしてもう追いつけなくなったときひばりはあのみじかい別れの歌を贈ったのだろうと思います。
そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星になったと思います。
なぜなら変光星はあるときは黒くて天文台からも見えず あるときは蟻が云ったように赤く光って
見えるからです

3バラ飾りの帽子の少女.jpg
いわさきちひろ「3バラ飾りの帽子の少女」より
tihiro00131.jpg
*挿絵は「花の童話集」より 絵 いわさきちひろ

posted by mari at 03:10| 岩手 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 宮沢賢治作品とイーハトーブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
夏つばきさん。おはようございます。
おきな草の花も、花が終わった後にできる綿毛も、独特の質感が大好き。賢治もその不思議な魅力を感じていたのでしょうね。

安代の竜が森に、おきな草の仲間が自生しているんですよ。子供の頃、その綿毛を丸めてボールを作って遊びました(投げたりしませんよ)。当時、仲間内では“竜が森のマリモ”って言ってました。(遠足でも行ったのでクラスでボール作りが流行ったんです)
そのころ本当のマリモを見たことが無かったのに勝手にマリモはこんな感じに違いないと確信してました(^-^)。

ベルベットのような質感が本当に魅力的です。さすがに園芸種のおきな草でボールを作ろうとは思いませんよ、割高ですもの(笑)。

今も初夏の安比のゲレンデや、竜が森の草原に咲いていて欲しいつて思います。
綿毛を見つけたらやっぱりボールにしてしまうだろうなぁ(笑)
Posted by めいぷる at 2008年05月12日 10:01
翁草が昨年までは近くの植物園にあったのですが、今年はなぜか、未だに同じ場所で見かけません。たぶん枯れたのでしょうね。
この花は漢方にもなると書いてありました。翁のヒゲに似ているからといっても、やはり花は綺麗ですね。
Posted by Miyoko at 2008年05月14日 04:44
めいぷるさん
マリモ作られるくらい咲いていたの?
竜が森のマリモみてみたい〜〜

私も、小さい頃はあちこちで見かけていたでしょうが興味無かったのでしょう・・・
マリモ遊びしたことがないです。
オダマキやイカリソウは、小さい頃から大好きで折って 家に持ち帰ったりしたが。

今でもヒミツの竜が森に行くとマリモ作れるかしら。
見つかったら大変ね、今では、オキナグサも希少な植物でしょうから。
Posted by 夏つばき at 2008年05月15日 13:34
Miyokoさん
山野草も改良した園芸種もいつか消えてしまうみたいです。
いっぱい咲いていましたが今年は一株だけ・・・

漢方にも使われていたようですね、
中国原産で本来漢方として渡ってきたようです。
Posted by 夏つばき at 2008年05月15日 13:37
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